タロットカード


0 愚か者は夢想に熱狂する (愚者)
1 マジシャンの喪失 (魔術師)
2 女教皇の秘密 (女教皇)
3 未知なる美帝 (女帝)
4 皇帝の守りは堅固だ だがそれだけだ (皇帝)
5 信じるのは神ではなく金 (法王)

 

更新中……

0 愚か者は夢想に熱狂する (愚者)

 

 カラン、カラン……ドアべルが鳴る。
 給仕の女は、音がする方向に顔を向けた。
「よぉ……」
ほんのり上気した赤い頬で、食堂に入ってきたのは一人の男。それを見た女は、すぐさま顔をしかめた。
 男はそのしかめた顔を、満足そうに見て口角を上げる。
 そして、手に持った酒を喉へと流しこむ。
「前の大戦で戦った英雄も、飲んだくれになったらおしまいね」
「飲んだくれ……?」
ふらついた足を無理に運ばせ、手近な椅子に、倒れこむように腰かける。
 女は水の入ったグラスを手に、男に歩み寄った。
「ほら、水。さっさと飲みなさいよ。あと三十分で店開けるんだから、それ飲んでさっさと退いて」
「うるせぇなぁ……」
口を開いた瞬間の酒の匂いに、女はまた顔をしかめる。
 男は差し出された水を一気に飲む。
 口端から水がこぼれるのも構わずに、大きな口を開けて飲み下す。
「……ホント、飲んだくれね」
「うるせぇなぁ……。俺は先の大戦の英雄だぞ?」
瞬間、男の眼光がギラリと光った。
 空気の違いに気づいたのは、その一瞬。
 過去の鋭さが戻ったのかと、記憶が過去へ飛ばされそうになった瞬間。
 男の腰にあった剣が女の首筋に当てられた。
「何度も言わせるんじゃねぇ。俺は先の大戦の英雄だ。飲んだくれって言うな」
首筋に突きつけられた、ひやりとする感触は、明らかに日常とは違う。
 ここにある現実では味わわない、負の感触。
「俺様は、この剣一本でのし上がってきたんだ。見ろ!こいつは皇帝陛下様様から頂戴した宝剣なんだよ。俺みたいな貧乏剣士でもなぁ、使っても使い切れない金をくれたんだよ。分かるか、俺の力が!」
なおも、男の眼はいっそうの輝きを増し、爛々と泥色に光る。
 それは赤い血のように、それはくすむ小金のように。
 女の瞳は、見る間に潤み始める。が、男はそれに気付かない。
「先の大戦の英雄様はなぁ、その気になれば士官の当てなんていくらでもあるんだよ、いくらでもなぁ!」
「それで、また金をもらって飲み明かすの?」
「あぁ。悪いか。」
女の首筋より剣を鞘に収めると、男は外へと歩いて行く。
 テーブルに、椅子に、その千鳥足、酒びんだけを握りしめる手をぶつけながら、出口に向かって歩いて行く。
 女は男が飲み明かしたグラスを手に取った。
「……知ってるんだよ。あんたがここに飲みに来る時は、士官を断られた時だってね……」
女は店の看板を照らす電灯を点けに行く。
 握りしめるグラスは、もう冷たくなっていた………。

END

1 マジシャンの喪失 (魔術師)

 

 昔々のずっと昔……。
 迷路のようなこの小さな街は、まるごと魔術師のお城だったそうな。
 その魔術師は、とってもとっても強くて、何でも出来たんだって。
 魔術師が手に持つ杖をサッと振ると、動きを止めていた星も流れるように動き、何処からともなく嵐がやってきて、雲がもくもくと湧き上がるんだって。
 昇った朝日があっという間に沈み、夜が永遠にも思えるほど長い時間になる。
 人々は、みんな口々にこう言うの。

『あの魔術師に頼めば何でも叶うんだよ』

 魔術師はみんなに頼まれるのが嬉しくて、たくさん願いを叶えてあげたんだって。
 たくさん、たくさん、願いを叶えてあげた魔術師に、
 みんなはたくさん、たくさん、ありがとうを言ったんだって。

それで――――……
 と、少女は小さく首をかしげた。
「……ねぇ。魔術師さんのお願いは、誰が叶えてあげたの?」
ピタリと、手回し式のオルガンが止む。
 舞台で踊っていた操り人形は、動きが止まった。
 どうしたの?と、少女がまた首を傾げる。
「お譲ちゃん、優しいね。」
「どうして?」
「お譲ちゃんは、魔術師にお願いしないんだね。」
「みんながたくさんお願いしちゃったから。」
にっこりと笑う少女。
 すると、目の前に手が差し出される。
 しわしわの枯れ枝のような、節くれだった指。
 少女はその手を取った。
「お礼だよ。大事にしてね。」
言葉と一緒に、握りしめた少女の手に小さなビー玉が現れた。
 いつ拾ったとも、いつ渡されたとも気付かない。
 それこそ、魔法でここに呼ばれたように……。
 ガタガタと慌ただしく、手回し式のオルガンは木箱に納まってく。
「行っちゃうの?」
「そうだね。おじさんがここにいるって分かったら、大変だからね。」
「そうなんだ……」
背中を丸めた男は去っていく。
 身の丈よりも長い杖をつきながら。
 豪華な装飾をジャラジャラ鳴らしながら。
 小さく折り畳んだ、操り人形が踊っていた舞台。
 手回し式のオルガン。
 その二つだけを、供にしながら……。


END

2 女教皇の秘密 (女教皇)

 

 穢れのない体。
 汚れのない体。
 彼女はそれこそ、どこかで聞いたラプンツェルだ。
 あぁ……恋とは、どれほど甘美なものか。
 あぁ……愛とは、どれほど罪深いのだろうか。

 

 窓から入る光は、何も照らしてくれない。
 訪れる小鳥達は、私に何も囁いてくれない。
 訪ねてくる信者たちは、私に何も求めない。

 あぁ……憎しみとは、どれほど激しいのだろうか。
 あぁ……悲しみとは、どれほど尊いのだろうか。

 どれほど祈りを捧げても、目の前の銅像は黙したまま……

「ねぇ。」
男の声に、女教皇は振り返る。
「あんたはその丁寧に整った仮面の下で、何を考えてるの?」
あんたの説法は薄っぺらいんだよ。と、男は前の座席の背もたれに足を投げ出した。
 耳の穴を小指でほじり、最後にフッと鋭い吐息をかける。
「何が言いたいのでしょうか?」
「別に。」
努めて丁寧な言葉は、男の鋭い一言に切り捨てられた。
「ただ、何にも知らない奴が【愛】とか説くのってバカだと思ってね。」
「では、あなたはこの教会に何を求めてこられたのですか?」
 男は不敵に、口角をあげて笑う。
 ギラリとした鋭い眼光が、彼女を捕らえた。
「あんたの秘密を暴きにね。」

 

 あぁ……破滅とはどれほどの嘆きがあるのだろうか……。
 女教皇はコクリと喉を鳴らし、神の像に背を向けて、祭壇を降りた。


END