― 鳥 ―


 真っ青な、雲ひとつない青空が、どんどんと広がっている。それこそ、大小様々なビルが建っているけど、それが続く 限り・・・。
 教室の窓から見える景色を見て、俺は思わず口元が緩んだのを自覚した。こんなに目が痛くなるような青空を見たの は、本当に久しぶりだったからだ。
 「・・・で、あるからして・・・ここは・・・」
低い男性教師の声が、青空に掻き消されていく。いつもは威張ったような口調に時々腹が立つ事もあるけど、今日は大 丈夫だ。

――キーンコーンカーンコーン・・・

「では、今日の授業はここまで。さっき言った所は宿題にする。次の授業に当てるから、ちゃんと予習しておくように。」
学級委員の挨拶が終わると、昼休みに入る。
 青空を切り裂くように、ふいに何か白いものが飛んでいった・・・。
 俺はそのゆったりとした姿を、しっかりと見逃さなかった。 
 「やっぱりココにいた。」
 古く錆びれた蝶番を鳴らすと、そこにはこの辺りで一番広い空が見える。
「あれ?バレた?」
「アホ。さっき、チャイムと同時に紙ヒコーキ飛ばしただろうが。今時紙ヒコーキなんて飛ばす奴、お前くらいだからすぐ 分かる。」
俺は溜め息を吐きながら、屋上の壁に凭れるコイツに言った。
 古い金網のフェンスで囲まれた屋上。
 それが、コイツの秘密基地らしい。本当は、入ってはいけない事になっているけど、コイツにそんなのは全く関係ない。 むしろ、やるなと言われた事は試してみたくなるタイプだ。
 幼馴染としてこいつの傍にいるのは、もう十年以上になる。
 俺が来る事は予想済みだったらしく、別段驚きも喜びもない。
 いつものように笑いながら、何が楽しいのか余りのプリントとかで、紙ヒコーキをせこせこ作ってる。
 俺はまた、肩の力を抜きながら溜め息を吐く。
「ほら。今日の昼飯。後で金返せよ。」
「サンキュー♪もちろん!」
軽く放り投げたパン数個と紙パックのジュースを嬉しそうに受け取って、念入りに翼を作り上げていく。
 俺は隣にゆっくりと腰を下ろして、自分も昼飯を食べ始めた。
「なぁ。何がそんなに楽しいんだ?お前、紙ヒコーキ研究家にでもなりたいのか?」
「いや?」
短く答えると、出来上がった紙ヒコーキを飛ばす。フェンスから出て行くと、屋上にいる事がバレるから、後で拾えるよう に低く・・・。
「じゃあ、将来の夢はパイロットか何かか?」
「それも違う。」
短く答えた声は、ポトリと落ちた紙ヒコーキと同じように、いつものコイツの溌剌とした声じゃなくて、少し悲しそうな声だっ た。
「・・・あたし、鳥になりたいんだ・・・。」
力がなくて弱々しい、そんな声だった・・・。
「・・・鳥・・・?」
俺は思わず聞き返す。
 いつもの明るい声が帰ってくると予想していた俺に、こいつのこの声は反則だ。用意していた次に掛ける言葉は、コイツ が自ら口にしていた。
 コイツは小さく深呼吸をすると、ゆっくりと話し始めた。
「あたしさ、自分の目で空から地上を見下ろしてみたいんだ。」
「飛行機とかヘリとかは?」
「ヤダ。」
アッカンベー付きで即答された。 
 「あたしは、人に見せてもらうなんてゴメンなの!飛行機やヘリなんて燃料がないと飛べないし、窓から見るだけの景 色なんてヤダ。確かに空は綺麗なんだとは思うんだけど・・・綺麗なだけじゃつまんないよ。」
 何処から取り出したのか、俺と会話をしながらも、落ちた紙ヒコーキには目もくれず、また新しい紙ヒコーキを折り始め る。
「あたしは、自分の力で空の青を掴んでみたいなって思うし、自分の力で、空から地平線を眺めてみたい・・・。紙ヒコーキ ならそれが出来るかなって思ってるから、好きなんだよね・・・。」
折り終わった紙ヒコーキを満足そうにじろじろ眺める。
 妙ににやけた笑顔が、ちょっと気持ち悪いんだけど・・・。
 「見て!」
 コイツは自分の作った紙ヒコーキを、子供が楽しむプロペラ機のように掲げる。
「こうさ、紙ヒコーキがゆっくりと、空の青を切り裂きながら飛んでいくんだよ?飛行機やヘリなんかよりもずっとゆっくり 飛んで、その姿はまるで浮かんでいるようで・・・。でも、こいつも『飛行機』・・・。空気を必死で切り裂かないと、飛べない んだよね・・・。・・・なぁ・・・。」
「何だよ。」
こんなに多弁になるコイツは珍しかった。
 いつもは、俺の隣に座っているだけで、子供みたいに紙ヒコーキばっかりに夢中。とてもコイツを女子高生だなんて思 えないくらいに。なのに・・・・・・。
「鳥に一番近いのって、紙ヒコーキかな?」
「何なんだよ、いきなり。」
今日は変だと思いながらも、それを口にするのは止めておく。コイツがこんなに機嫌が良いのは久しぶりだ。水を差すの はもったいないよな・・・。
「だって紙ヒコーキも鳥も、ゆったり飛んで、あたしの夢を運んでくれてる気がするから♪」
 ニッコリと笑う笑顔。ちょっとはにかんだみたいな、妙に子供っぽくて少年の雰囲気を感じさせるそいつの笑顔は、やっ ぱりちょっと反則だった。
「バ―――カ・・・。」
「あ!ひどっ!!」
俺はコイツが落とした紙ヒコーキを、ゆっくりと拾い上げた。
 壊れないように、壊さないように・・・。
 「あのさぁ・・・。」
「何よ。」
俺はフェンスに凭れて、ゆっくりと紙ヒコーキを構える。
「夢を運んでくれてる気がするなら、こんな狭いところで飛ばすなよ。」
少し肘を曲げて、力をつけて、俺は紙ヒコーキを飛ばした。
「・・・・・・うん!」
 今日は反則ばっかりだ。十年付き合ってる幼馴染のこんな笑顔を、俺は初めて見た。
 今日も風は良好。
 青空を切り裂くように、白いものが飛んでいった・・・。
 俺はそのゆったりとした姿を、しっかりと見逃さなかった。
 『ソイツ』は俺の、夢を運んでくれてる気がしたから・・・。 



END

まぁ、よくもこんなにクサい台詞が言える男がいたもんd(((
今になってそう思います。うん、でもこういう奴が現実でいても
いいかもしれないですね★