音楽


 ~~~♪~~~♪   何処からか、歌が聞こえる・・・。

 《変な奴》。
 それがクラスで、あいつに貼られたレッテルだった・・・。
 登校するにも下校するにも、休み時間ならいつでも、あいつの耳にはイヤホンがある。
 あいつは、所謂《不良》とは全く違った。成績は上の中。体育も出来る。家庭科や美術の実技だって、あいつはひたすら上位を走っていく。
 ただ、あいつだけが油のように、クラスの連中とは一つも溶け込んでいなかった。
 日当たりのいい窓際の席で、回りに迷惑にならないような小さな音で音楽を聴きながら、長い休み時間には突っ伏して寝ている。妙に整った顔立ちが、あまりにも世間の言う普通が当てはまる奴だった。
 その事が、あいつを油にしていた・・・。

「なぁ。いつまでそんな風にしてるんだ?クラスの連中と馴染めよ。お前、頭も良いし美人なんだし、仕事だって出来る。」
放課後、俺は教室でただ夕日を眺めるあいつに話し掛けた。
 その声に気づいて、あいつがイヤホンを外して俺を見た。
「・・・私、いけない事してる?」
滅多に喋らないそいつの声は、年の頃よりも少し子供っぽい響きの甘い声だった。
「いや、いけない事って言うか・・・」
「私、誰にも迷惑かけてないよ?」
「そうじゃなくて!・・・ってか、その酒とか煙草やってる奴みたいな言い方止めろよ。」
言うと、あいつはクスリと小さく笑った。
「委員長は優しいんだね。私なんか構わなくて良いのに・・・。」
「俺は、クラスの連中がお前の事を《変な奴》っていうのが嫌なんだよ!」
「・・・いいんだよ、私は。・・・人と話すよりも、音楽聴いている方が楽だから。・・・人は裏切るけど、音楽は裏切らないよ・・・。」
「何だよ。俺とこうして話せてるんだから、皆とも話せるだろ?」
俺の言葉に、小さく首を横に振った。
「嫌なの。裏切られたりするのも、頼りにされるのも・・・。それに、私が周りを裏切るのも、頼りにするのも・・・。私は傷つく事よりも、傷つける方が嫌なの・・・。」
寂しそうに語る言葉の端々が、俺には痛い。
 俺は知ってるんだ。
 あいつが体育の授業で、一人で自分の肩を抱きしめている事。
 慰めるように音楽を聴いて、一人になる時間の拠り所を音楽に求めている事を・・・。

「・・・・・・そんな、寂しいこと言うなよ・・・。」
呟いた俺は、自分でも無意識にイヤホンを外したあいつの手を握っていた。恋人同士が手を繋ぐように、掌を合わせる形で。
「・・・そんな寂しい事言うな。・・・俺は・・・お前を助けたいって思ってるんだよ・・・。だから、頼れよ・・・。」
「嫌・・・。」
言葉とは裏腹に、手は少し強く握られる。
「頼れ。」
「嫌・・・!」
「頼れって言ってんだろ!?」
少し怒鳴るような言葉に、体がビクンと跳ねたのが見えた。
「・・・お前は俺を頼れ。俺は、周りにガス抜きできる奴がいっぱいいるから。お前一人で潰れるくらい柔じゃないから・・・。」

暫くの沈黙・・・。
 俯いて何かを考えているらしいコイツの答えを、俺は待った。

「・・・一人でいるのが楽だったの。苦しい事がないから・・・。」
「けど、楽しい事もないだろ?」
コクンと頷く。
「一方的に入ってくる音楽は、私の事を分かってくれたの・・・。」
「音楽がない時は、頼り様がないだろ?」
またコクンと頷く。
 「・・・頼っても、いい?本当に潰れない?私、人と付き合うと重いって言われたの。仲の良い友達が誰かと話しているのも嫌になったり・・・。誰かの所為にしていないと正気が保てない感じ。そんな風に考える自分も嫌いだった・・・。」
「なら、一緒に軽くしていけばいい。」
「・・・ありがとう・・・。・・・なんか、告白してるみたいで照れるね。」
フフッと笑うこいつの笑顔に、俺は少し胸が熱くなった。
「・・・ってか、告白してるだろ。お互い。告白っていうのは愛ばかり言うモンじゃないし。」
「うん・・・。」


 その日、俺達は一緒に帰った。
「なぁ。いつも何聞いてたんだ?」
「一番多い曲はこれ。すごく好きなの・・・。」

~~~♪~~~♪   何処からか、歌が聞こえる・・・。

 

 柔らかな、この声で・・・。



『僕は君を、愛してるよ・・・』