Emerald


 

「・・・・・・・・・遅い。」
 空から降る雫に文句を言っても仕方ない。天気予報を見てこなかった自分が悪いのだから。
 プラントでは雨など殆ど降る事は無いが、ここは地球のオーブ。天気が不安定なのは分かりきっている事だったのだが。
 晴れるという話で喜んで出かけたのに、当の本人は遅刻するとメールを寄越してきた。

=== Emerald ===


 戦争が終わり、自分にはやることが無くなった。
 プラントは政治体制が変わり、軍備は大幅に縮小。地球連合も壊滅的な打撃を受け、結局は形が違えど、世界はロゴスの手から解放された。
 そして用の無くなった軍人は暇になって・・・・・・――――
 軍人になって、ミネルバに乗って――――あっという間の一年で、色々な事があり過ぎたような気がする。
「雨…止まないよなぁ……。」
地球に十四年にも住んでいたのだ。この雨がすぐに止むかどうかくらい判断できる。
 静かな雨音で気を紛らわせながら、シンは大木の下で恋人を待っていた。
「アスランさん、何してるんだろうな。」
一緒に自分の家族の墓に行こうと言いだしたのは、アスランの方なのだが。
 国家元首の警護をまだ仕事として続けている。その為、生活が不規則になる事はしょっちゅうだ。
 「あんまり遅いと拗ねるぞ・・・…。」
大地から張り出した木の根に腰掛け、深々と溜め息をついた。
 と、自分の体に影が差す。
「拗ねられると困るな。」
「アスランさん……」
「遅くなってすまなかった。シン。」
影に顔を上げると、そこには恋人の姿があった。
 シンはやや赤い顔で立ち上がると、傘を差し出していたアスランから、ふいと視線をそらした。
「本当ですよ。自分から誘ってきたくせに待ち合わせに遅刻するし、雨は降ってくるし。」
「悪かったな。」
雨は自分の所為ではないと抗議するのが時間の無駄だと、アスランは分かりきっている。
「さて。行くか、シン。」
「……はい。」

シンがアスランに連れて来られたのは、先の戦争の慰霊碑。
 アスランは持ってきた花束を石碑に供えると、その場で両手を合わせた。何と無しに、シンも同じ行動を取る。
「……お前の家族には、墓が無いんだったな…。」
「別に、それで同情されたいとかは思っていないですけど。」
「そうじゃない。俺の家族も、似たようなものだ。」
「…すいません……」
「いや。」
 ユニウスセブンから母の遺体は帰ってこなかった。父や友人達は軍人。遺体など無い。
 プラントにある墓地の石は、この石碑と同じようなものだ。
 雨は傘が不要な程度に小降りになってきた。
 アスランは傘を畳み、隣に立つシンに視線を移した。
「何ですか……?」
「お前の家族に、少し誓いを立てていたんだ。オーブでは、ハウメアに誓うそうなんだがね。」
「何で、あんたが俺の家族にそんな誓いを立てるんですか?」
「お前の事はこれから、俺が守っていくと決めたからだ。シン……」
「っ……」
思いもよらない言葉に、シンは一瞬で顔を紅潮させる。
「あ、あんた、よくもそんな事を恥ずかしげもなく言えますね……。」
「何も、後ろめたい事じゃないだろう。」
戸惑うシンに、アスランはまたもあっさり返した。
「お前は一人で突っ走る傾向があって危なっかしいからな。」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。」
溜め息混じりに唇を尖らせたシンの言葉に、アスランは痛い所をつかれたと苦笑する。
 先のジブリール掃討作戦の話を、戦後にメイリンから聞かされていた。
「俺から言わせれば、アンタの方が相当危なっかしいですよ。怪我してるの分かってて戦場に出てくるんですから。」
「それは悪かったな。」

「そうですよ!俺だって、一応心配したんですから……」
「一応なのか?」
 少し意地悪なアスランの質問に、シンは唇を尖らせてふいとそっぽを向いた。
 隣で笑っている声が聞こえる。
 それが余計に癪に障って……――――
「それで、アンタが俺をわざわざこんな所に呼び出したのは、マユや父さん達にそんなつまらない事を言うためでありますか?」
「相変わらずだな、その物言いは。俺だって、そんな事でシンを呼び出すほどバカじゃない。」
 アスランは言うと、ポケットから小さな箱を取り出した。
 それは直感的に指輪が入っている箱だと分かるほど、品のある小さな箱。
「今日、遅刻したのは、これを用意していて少し遅くなったんだ。」
開けると、そこには翠の小さな石が填った銀のリングが二つあった。
「シンに、これを受け取って欲しい。」
アスランの手が、シンの左腕を掴まえる。
 されるままに手を差し出していると、その薬指に指輪が嵌められた。
 手を何となく翳してみる。その翠石は奥の深い翠色をしていて、シンは心が安堵するのを覚える。
「……綺麗…」
「そう言って貰えると、時間をかけて選んだ甲斐があったな。」
満足そうに微笑む翠石の瞳の持ち主。

―――― あぁ……――――

「本当はガーネットかサファイアを考えていたんだが、店の方がペアにするならこれが良いと言ってな。」
その時フッと、シンの脳裏に母の言葉が蘇る。両親の結婚指輪も確か、この石がはまった物で……――――
「あ、アンタ、店の人に相談する時に何て言ったんですか…?」
微かに頬を赤くしているシンに、アスランは首を傾げながら答える。
「結婚を考えているほど大切な人……と言ったんだが。」
「……やっぱり。」
「何が…だ……?俺は、これは俺の代わりにお前の傍に置いて欲しいと思って選んだんだが……」
「そんなんだから、アンタはセンスないって言われるんですよっ!!」
照れ隠しのような強い物言い。アスランの頭のはてなは、ますます増えていく。
「くそ…。何で、よりにもよってこれなんだよ…!」
 母が昔に教えてくれた。
 このエメラルドの宝石言葉は『慈悲・恵み』。そして女性には『幸福な結婚』があると。
 アスランの『結婚したいほど大切な人』という言葉で、店員が少々お節介をやいた形になったのだ。鈍感なアスランだが、両親からの影響もあってか、シンはわりとそういう事は信じる。
「まぁ、傍にいて守ってやりたい事は本当だ。それに、幸せな結婚も叶えてやる。」
「別に俺は、結婚に幸せを求めるタイプじゃないですから。」
「そうだったな。」
「分かってるじゃないですか。」
車に戻りながら、シンは時々左手の指輪を眺める。
 空はいつの間にか、名残すらないほど綺麗に晴れていた。
「シン。」
「はい?」
助手席で肘を立てるシン。運転席に座ったアスランが、その右手に自分の手を重ねる。不意の仕草に、シンはドキリと体を震わせて視線をやった。
「お前のことは俺が守るから。」
いつかの自分が吐いていた言葉をアスランから聞く。
「……プロポーズですか、それ。」
「それでも構わないぞ。」
「なんか、都合良い感じですね。」
嬉しいと思うのに、照れ隠しで悪態を吐くのはもう愛嬌だ。
 それでいちいちトラブルになるほど、アスランはシンを知らないはずが無い。
 シンは自分の右手を、掌を合わせるようにアスランと繋げた。
「今度、アスランさんにガーネットの指輪を買ってあげますよ。俺の代わりに、アンタが無茶しないように見張るために。」
「見張るって――――」
「幸せに………して下さい…ね……。」
「あぁ。」
不安そうなシンの言葉を、アスランは強く二つ返事で返す。
 そしてどちらともなく、二人は誓いの儀をしていた……。



END
余談

「シン。エメラルドには、不運やストレスを除去する効果があるそうだぞ。」
「へぇ――― そう。凄いですねぇ~~~~!」
「お前の短気な所も治るかもな。」
「余計なお世話だよ!!」

そしてアスランの顔面に、シンの怒りのクッションが投げつけられた。
(寄稿原稿 再掲載)