Give Me…


 「アスラ~ンッ♪」
独特の甘えるような、少し高めの可愛らしい声。その主が、アスランは少し苦手だった。
 顔も声も、かつて婚約していた彼女にそっくりだ。それでも、何故か自分は彼女とミーアを間違えることはない。
 ミーアは快活的な服装でアスランに走り寄ってくると、勢いのままに飛びついてきて腕を絡めた。『私服で会って欲しい』といきなり連絡をよこされて出てきてみれば、ミーアまで待ち合わせに私服で来るのだ。
「どうして君はそんなに無防備なんだ……。」
「婚約者と会うのに護衛は必要ないでしょ?アスランが守ってくれるし。それでね、少しだけ時間が取れたの!だから、一緒に出かけてくれない?」
「出かけるって……何か目的があるのか?」
「あら。婚約者と出かけるのに理由がいる?ね?いいでしょ、アスラン。」
言いながらグイグイと腕を引かれれば、アスランは嫌だとは言えない。
 こうして照れて渋っているのは、彼女が婚約者に似ているからだろうか。いや、きっとそうではなくて……―――――

 本当に、ミーアと過ごせる時間は僅かだった。
 ナチュラルが多い地球では、多少の事ではラクス・クラインだと知れる事はない。それに彼女が本来持つ明るい魅力は、ラクスの淑やかさとは正反対。声をかけようか迷っている人間を笑っていなせば、似ているだけだと暗に伝える事になる。
 少しお茶をして、一本だけ彼女好みのラブロマンス映画を見た。 二人の切ない恋にすすり泣く彼女の横顔は、ラクス以上に可愛いと感じて……。
 最初の渋っていた勢いは何処吹く風というものだ。

 

 そしてタイムリミットが来ると、アスランはミーアを基地の中にある宿泊施設まで送り届けた。
 部屋の中に彼女が入ったのを見届けると、踵を返す。と、ミーアはその腕を引き止めるために掴んだ。
「ちょっと待って!絶対アスランに受け取って欲しいものがあるの。」
ミーアは言うと、テーブルの上に置いてあった小さな包みをアスランに渡した。
「これは?」
「ちょっと遅くなっちゃったけど、バレンタインでしょ?だからこれを受け取って欲しくて……。」
「作ったのか?」
可愛らしく頷く彼女。失礼だが、アスランには料理が下手だというイメージだったのだ。
 ハート型のチョコクッキーとうさぎ型の紅茶クッキー。
「甘いの苦手だと思って、砂糖控えめにしたの。後でメールで良いから感想聞かせてね♪」
「あ、あぁ。けど、俺はまた当分艦に乗っている事になるから、3月には……」
「だから、今お返しして欲しいの。何をお願いするか、実はもう決めていたのよ?」
言うと、ミーアはアスランの前に立ってにこりと笑った。
「キスして欲しいな。……別に、何処でも構わないから。」
目の前にいる少女を小悪魔だと思った。そんな願いが、やれと言われて真面目な男に出来るものか。が、自分は彼女が好きだ。その気持ちに偽りはない。
 偽りはない……のは確かなのだが……。
 とりあえずと、アスランは瞼を閉じて唇を差し出すミーアの腕を掴んだ。
 緊張で嫌な焦りが出てきている……。
「時間がなくなっちゃうわよ?アスラン。」
「あぁ……。」
アスランは意を決したように、重い調子で頷いた。

『Give me Kiss』


END