友情


 俺の名前は《赤坂 弥月》。昔は女みたいな名前だと何回も笑われた事があった。
 が、今ではその真ん中な響きが流行らしく、名乗れば大抵は「いいな。」という言葉を返してくる。 
 本当は両親が、男でも女でも使えるようにという安易な理由で用意してあった名前なんだそうだ。 
  「あ、やっぱり。まだ残ってたんだ。」 
「仕方ねぇだろ?忘れた問題集出そうと思ってたのに、職員会議なんだから。」 
「でも、律儀に待ってるのってあんた位だよ?あ。ちゃんと出さないと駄目なくらいに成績悪かったんだっけ。」 
「うるせぇ。」
 俺は短く答えると子供が不貞腐れるように、オレンジ色の夕日が輝く窓の外を見た。  
 俺と話をするこいつは《相模 陽子》。俺とは幼稚園からの付き合いだ。 
 しっかりもので少し真面目。それでもちゃんと遊びを知っている、要するに万能タイプの優等生。片や俺はというと、ク ラスの連中にもあんまり馴染めないで勉強も下の下。特別取り柄も無くて、少し運動が出来る程度の冴えない高校生 だ。 
 よく、クラスの数少ない友達に突っ込まれる。 
『なんでお前が、あの相模と付き合ってるんだ?』と。 
 それは相模も同じらしく、よくクラスの連中に突っ込まれるらしい。 
『なんで陽子が、あの赤坂と付き合ってるの?』と。 
因みに、俺と陽子も、自分達が恋人同士だなんて、一回も思った事が無い。 
 「はい。」 

―――コロン・・・ 

 俺の机の上を、ビー玉と間違えるくらい綺麗な色をした、透明の袋に包まれた飴玉が転がった。 
 陽子は俺の前の席に腰掛ける。 
「男が不貞腐れたような顔してるんじゃないの。」 
「・・・お前のポケット、いつも飴入ってんのか?」 
「糖分摂取よ、糖分摂取。脳が働く為にはブドウ糖が必要なのよ。」 
 一瞬ブドウ糖が分からなかったが、すぐに俺は思い出した。実は今日やったばかりだ・・・。  
 「あんた、今日はそれを出したら終わり?じゃあ、一緒に帰ろうよ。」 
「あぁ。」

俺は短く答える。 
「じゃあ、先に校門で待ってて。私、ちょっと約束があるの・・・。」 
「・・・ん?あぁ・・・。」 
「じゃあね!」 
陽子はそう言うと、椅子をしまって教室を出て行った。 
 俺はその横顔に、ハッとした。 
「・・・あいつ、何か顔、赤くなかったか・・・?」 
俺は陽子がくれた飴玉をポケットにしまった。 
 俺はその後、結局教室で待つのも飽きたので、帰り支度を持って職員室の前で待つ事にした。 
 俺が職員室前の廊下で座り込みを始めて三十分。
 トイレに立った教師が俺の事を見つけてくれて、俺は問題集を出しに来た事や教科担任の名前を言って頼んでしまっ た。 
 教師は嫌な顔一つしないで、俺の頼みを聞いてくれた。 

 俺は大きく伸びをする。
 「さってと…。待ち合わせは、校門だったよな。あ、時間指定されてねぇや…。…ま、待ってたら来るだろ。」
俺はウォークマンを耳につけて、下駄箱に向かった。 

 好きな歌のフレーズを口ずさみながら、俺は靴に履き替えようと自分の下駄箱に来た。
「っと!」 
俺は思わず、仕舞おうと思っていたスリッパを取り落とす。 

 すぐに拾い上げてふと顔を上げた俺の目に、校門で誰かと一緒にいる陽子の姿が見えた。 
 校門から下駄箱は真っ直ぐで、間を遮るものは何もない。そんな状況で、俺が幼馴染の顔を見間違える筈は無かっ た。
 俺はこれでも、視力だけは自慢できて2.5だ。 

 俺は靴を履くと、下駄箱に隠れて様子を見る。 
「あの人確か…陽子と同じ委員会の先輩……」 
名前は忘れたけど、俺はしっかり覚えている。陽子が委員会の集合写真を焼き増しして、先輩と一緒に映っている所を 生徒手帳に挟んでいるのを・・・。 
 陽子から、何回か恋愛の相談も受けた事がある。陽子が自分で話してくれた。 
 「あ・・・。」 
暫く何か言い合いをしたような雰囲気のまま、陽子はがっくりと項垂れて、先輩は校門の外に出て行ってしまった。 
 俺は気まずいのを覚悟しながら、陽子の所に顔を出した。 
「陽子……っ!!」 
「…弥月……」
 久しぶりに見る陽子の泣き顔に、俺は言葉を詰まらせた。
 「陽子、お前……」
「告白してさ…今日、返事貰う約束だったんだ。」 
「…ダメ、だったのか…。」 
遠慮がちに聞く俺に、陽子は小さく頷いた。 
 持っていたハンカチで涙を拭くと、俺の方を困ったような笑顔で見てきた。 
「それがさ、振った理由、何だと思う?」 
「……さぁ。」 
「『君にはもう赤坂君がいるし、僕は二人が恋人に見える』ってさ。」 
「…アホだろ、そいつ。」 
「だよねぇ…。」 
考えも無しに俺の口をついて出た言葉は、陽子と同じ考えだった。 
 「けどね、でも…私、悔しいよ…。勘違いされて振られたなんて……」 
「その先輩はアホだと思っとけよ。ほら。」 
俺はポケットから取り出した飴の包みを破ると、陽子の口の中に放り込む。 
「…弥月……」 
「俺とお前は友達。な!?とりあえずこんな校門じゃ泣くなよ。俺が泣かしてるって思われるだろうが。」 
「……そう、だね。…ありがとう、弥月…!」 
まだ弾みで泣き出しそうな目だ。と、客観的に判断した。
 けど、俺はこいつがもう泣かないのは知っている。それは、小さい頃から友達だった俺達の約束・・・。 
「あ、ヤバッ…。涙、出そう…。」 
「しょうがねぇよ。とりあえず、そのアホの話聞かせろよ。何で俺と陽子が付き合っている風に見えるんだ?」 
「それは私も疑問なんだよね。ごめん、鞄持って……。先にこっち、何とかしたいから。」 
「おう。」 
俺は短く答えると、ハンカチで目元を押さえる陽子の鞄を持った。  
 「…私、今度好きになる人は絶対に、弥月の事を恋人として見ない人にする。」 
 「俺も、誰かを好きになる時は絶対に、陽子を恋人として見ない人にする。」 
 俺達の関係は、幼馴染から発展した『親友』。 
 友達以上恋人未満。 
 お互いが恋人と繋いだ手を見守る位置こそ、昔からの俺達には、ずっと相応しい。 

 

 



END