退屈な五時間目の授業・・・。ノートだけ写しておけば困らない成績の取れる生物。あたしはやる事が無い。
その上、あたしの席は窓側の一番後ろ。晴れの日は決まって、大して眠く無いくせに睡魔が襲ってくる。教師の読経の ような解説よりも、むしろそっちが厄介だ。
(退屈・・・)
溜め息交じりに呟きながら、あたしは左手で頬杖をつく。
飛ばさない程度にペンで遊ぶのも飽きた。眠くないわけじゃないから、寝るわけにもいかない。かと言って、教師の話 を
真面目に聞く気はさらさら無かった。脱線している。どうでもいいじゃん・・・。
あたしは溜め息をつくと、授業で使うと言われて几帳面に持ってきてしまった資料集を捲り始めた。こんな事でもない 限り、絶対に開かないだろう・・・。
ぱらぱらと捲りだした最初に索引がきている。
(あ、裏返しじゃん・・・)
今ごろ気付いた。バカだな、あたし・・・。
解剖の仕方。森林や海の生態系。動物の食物連鎖。植物の分類・・・。
流石に資料集だけあってフルカラーだ。あたしは安物の写真集を覗いている気分だった。
そして端に書いてあるページ数が二桁になり、残り二十を切った頃、薄くなった資料集は勢い余って閉じてしまった。
「あ・・・」
見たかったのに・・・。
熱心に見ていたわけではないけれど、あたしを有り難くない経と睡魔から守るのに役に立ったそれを手に取り、今度は 最初から見てみる。
はじめに、といういかにも教科書といった物があり、目次があり・・・。次々とページを捲っていくと、『季節の草花』という 特集があった。
「・・・季節の草花・・・ねぇ・・・。」
『季節の草花』が気になった。・・・・・・今日の授業の収穫。
* * * * *
長い影法師。妙に天気の良かった今日は、夕日もいつもより綺麗だった。
「今日の夕日、すっげぇ綺麗だな!」
「・・・そうね。」
クラスが一緒。部活も部員とマネージャー。ついでに言うと幼馴染み。
そんな長い腐れ縁のそいつは、夕日に向かって家に帰るあたしに満足そうな顔で言った。
いいものはいいとはっきり言う奴。
人の気も知らないで。
あたしの家は西にあって、あんまり夕日が綺麗過ぎだと眩しくて困るのよ・・・。
機嫌を損ねるのは可哀想だから、とりあえず黙っておく。
何が楽しいのか、腕の振りに合わせて鞄を大きく振る。
幼稚園児みたいな高校生。あたしには理解不能だった。
「なぁ、今日部活でマネージャー達騒いでたじゃんか。なに話してたんだ?」
「別に?ただちょっと花の話になってね・・・。」
理由は忘れたけど、誰が何の花に例えられるかという話になっていた。大して興味は無かったから、適当に相槌を打っ ていたのは覚えてるけど・・・。
「なぁ、俺の話出た?」
「一応ね。あんたも部員だから。」
「あのさ、あのさ!俺、何の花だった?」
「残念でした。あんたは話にはあがったけど、花には例えられなかったよ。」
「はぁっ!?何だよ、それっ!!」
「あたしに文句言われても困るって。」
「そりゃそうだけど・・・」
不満があると語尾が濁って、結局強く主張できない。相変わらずだって事が妙に意識されて、あたしは可笑しくて少し笑 った。
不満そうに赤い頬を膨らまして、わざわざ小石を蹴る為に道を渡ったり渡らなかったりする。やっぱり幼稚園児だ。
「・・・じゃあさ、お前は俺って何の花だと思う?」
「・・・悔しいの?」
「うるせぇよっ!!」
照れている事がすぐ分かる。夕日の所為に出来ない位、頬が赤いって。
あたしは少し考える。もともと花なんて詳しくないし、しょっちゅう買う方でもない。母さんも花は買わなかったっけ・・・。
「なぁ~・・・!」
急かすように、立ち止まってあたしに振り返る。
あたしの頭の中で、今日の授業の成果が早速出て、思っていた名前がすぐに出た。
「ヒマワリかな。」
「・・・ヒマワリ?何で?」
「真夏に咲くでしょ?暑いくせに元気なあんたとそっくりだし、太陽追っかけたりして動くのが好きだし、背も高いしね。」
なんせ、女子の中で後ろから三番目に入るあたしより頭一個分くらい違う。
「・・・誉めてんのか?」
「誉めてる、誉めてる。」
「あっ!その声は馬鹿にしてる声だ!!」
「してない、してない。」
本当は羨ましいって事は知らないみたい。
過酷な季節に自ら咲く花。困難に正面から挑むのが好きで、いつも光だけを探してる。少しでも上を目指している。空 の蒼さを知っている鳥と話したくて・・・。
ちょっとした、高校生幼稚園児にかける、隠した素直な賛辞。
「・・・気付いてくれてもいいのに・・・。」
「何か言ったか?」
「別に。」
ま、その単純さもいい所なんだけど・・・。
「じゃあさ、あたしは何の花なの?」
「へ?」
「あたしにだけ答えさせる気?」
「そっか・・・。」
そしてうんうん唸りながら真剣に考える。別に言って欲しかったわけじゃないんだけど・・・。
すぐ本気にする所も面白いよね。あたしは小さく笑いながら歩いた。
「・・・ユリ・・・。」
「え?」
返事が返ってきた頃、あたしは追い抜いて結構歩いていた。
犬のように後ろから追っかけてきて、わざわざ隣に並んで言う。
「お前、ユリ。」
ユリって何だっけ・・・。あ、あの白いやつ。病院に持っていくと良くないんだよね・・・。
「ちょっと匂いがきつかったりして嫌な所とかあるけど、一本の茎から一つしか生えないだろ?だから目標に真っ直ぐ で、
茎もなかなか折れないから、自分の意見を曲げないで、しっかり者のお前みたいだ!!」
いっぺんに変な事を言われたみたいだった。
「・・・誉めてんの?」
「なっ・・・!!当たり前だろうが!!やな奴だなぁ、お前・・・。」
「誰がなのよ。あんたの言葉が分かり難くて、整理するのに時間が要っただけ。」
ユリ・・・。悪くないな。
あたしは少しいい気分になり、また追い抜かれて先にいった幼馴染みの肩を、走り寄って叩いた。
「いってぇっ!!何すんだよ!!」
「あのねぇ。花は匂いじゃなくて香り。生えないじゃなくて咲かない。分かった?」
「わ、悪かったな!!」
無知の醜態を晒した幼馴染みはからかい甲斐がある。
「あんた、今日も生物の授業寝てたでしょ?」
「寝るなって言う方が無理なんだよ!!あの授業は!!」
「あたし寝てないよ?」
「嘘だぁっ!?」
「嘘ついてどうすんの・・・」
少し呆れるあたしの顔は、きっと夕日で赤くなっているだろう。
今感じてる頬の熱さも、きっと夕日の所為だ。
・・・うん。きっと・・・。
END