夕暮れ時、家に帰る道で、あたしは幾通りもある道から土手沿いのこの道を選んだ。
水面に夕日がキラキラと光る。
あたしは目に入るその光が少し眩しくて、嬉しいながらもちょっとした後悔を感じていた。
ゆっくりと土手を歩く。
時々、子供のように小石を蹴飛ばしてみたりもした。
でも、この気持ちは消えなかった。
『お前と会わなくなるなんて、清々するぜ・・・!』
ウルサイな。こっちも、そう思ったの!
高校生になって、ちょっとは成長したのかと思ってたけど、全然変わってないの・・・。
口癖は『バカ・アホ・おたんこなす』。
凄く子供じみていて、事ある毎にあたしに言ってくる。
こっちだって、好きで面倒見てたんじゃないってば。
あの風来坊がいきなりやってきたのは一昨年の春。
親同士が高校の時の親友とかで、あたしはあいつの面倒を見る事になった。
頭は悪いし、考えは子供だし・・・。『あんた何歳?』って、あたし何回言ったっけ・・・。
・・・ヤバ、口癖になっちゃってたかも・・・。
あいつは本当に暴風みたいに、あたしの日常をぶち壊してた。
友達がご飯に誘ってくれても、あんたが割り込んでくるから結局二人で食べるハメに・・・。
それに、面倒見てやってたあたしの方なのに、何でパシらされてたのよ。
・・・思い返すと腹が立ってきた・・・。
あたしは目の前の小石を、力を入れて蹴った。でも音はしない。空振り。
『だっせぇっ!!お前、究極的にカッコ悪いな。』
どこかであいつの笑う声が聞こえる。
「ウルサイなぁ・・・!!」
あたしは小石に八つ当たりをした。思ったより飛ばなくて、また腹が立つ。
「・・・何なのよ・・・。」
また独り言が出た。
本当に風みたいな奴。
いきなり現れて、あたしの中をかき乱して、あっさりとどっかへ走っていく奴。
ムカツク。
散々好きな事言っておきながら・・・!!
「あたしにだって言いたい事があったんだからね!!」
犬を散歩させている人がいたのに、思わず叫んじゃった・・・。
ムカついて拳を突き上げたら、あたしはメモを持っていた事を思い出す。
そう言えば、帰り際に渡されたっけ。
おばさんがなんかニヤニヤ笑って、あいつは珍しく顔が赤かった。
嫌そうな、しぶしぶっていった感じは相変わらずだったけど。
あたしはメモを開いてみる。
「・・・何これ・・・」
新しい引越し先の住所。
相変わらずの角張った汚い字で、嫌味ったらしく『太陽系第三惑星地球』から書き始めていた。
子供みたいな嫌がらせにも限度ってモンがあるってば・・・。
「・・・12―19。」
そこで住所は終わり。そしてあたしはその下の黒ずんだ所にある字を読む。
消えにくい消しゴムで何回も擦った所為だ。
こいつの所為で、あたしはテストの時、消しゴムを半分に折らなきゃいけなくなった。
『ゴメンナサイ』
「!!」
はっきりと書かれたその字は、いつもより汚かった。
そして、何か小さなシミが二、三個あった。・・・水・・・?
そしてその下に、あたしにとって、こいつだけからは絶対に言われないだろうと思っていた言葉がかかれてあった。
『いいか?家に帰るまで見るんじゃねぇぞ!!』
ごめん。見ちゃった・・・。こんな言葉、信じられないよ。
メモにシミが少し増えた。
あたしの自慢の髪が、緩やかな風に靡く。
この髪だけは、あいつにも綺麗だって言わせた事があった、あたしの自慢。
「・・・あ、風って、こんなに気持ち良かったんだ・・・。」
風が頬を撫でた時、少し違和感がした。濡れた何かが乾くような・・・。
ちょっと、あいつが頬を摘んだ感触に似ていた・・・。
END