光、あれ……


 「ホント……見事に何もないわね…。」
 元々、物を多く持つ性格ではなかったけれど……。
 そんな数の少ない私物を保安部の人間にいろいろ持っていかれたのだ。根こそぎ――――と言っても過言ではないくらい、彼の部屋に物はなかった。ルナマリアは溜め息をつくと、1Kの一番奥にある広い窓を開けた。
 一陣の風が、彼女の頬を撫で上げる。
 澄み渡った青い空からは、燦々と人工の―――それでも美しい光が降り注いでいる。そんな景色も、いつか地球で彼と見た光と、見間違うくらいだった。
 部屋を見渡せば、そこかしこに面影と名残を見つけてしまう。
「バカ……」
柔らかく頬を撫でるその優しい風は、この部屋の主の手とよく似ていて……。
   *   *   *

 「レイが、死んだ?」
 月面でシンと一緒に、どうしようもなかったのをエターナルに助けられた。
 そこでアスランにレイのことを聞いていると、横から茶髪の青年が声を掛けてきたのだ。
「もしかして、君が捜している『レイ』って、少し長い金髪の青年の事かな?」
「そう、ですけど……」
訝しげに彼を見ていると、その人物がキラ・ヤマトだとアスランが教えてくれた。
 と、彼は自分から声を掛けてきたのを一瞬視線をそらしてから言葉を続けた。ルナマリアは話の後に、その仕草の意味を知ることになる。
 キラは有りのままの事実を語り始める。議長とのやり取りやグラディス艦長のことも勿論真剣に聞いていたが、今の彼女にそれより大事なことを彼は口にした。
「――――それで議長を撃ったのは彼で、グラディス艦長とそのまま……」
「うそっ!!」
思うよりも早く、ルナマリアは珍しく声を荒げていた。それにはキラばかりでなく、一緒にいたシンやメイリンまでも驚く。
「絶対、嘘っ!! レイが……レイが死ぬはずないわ。」
だんだん声が震えて、一緒に手も震えてくる。
 メイリンが心配そうに肩を抱いてくると、ルナマリアはよろけてそこに体を預けた。
「レイが…そんな、簡単に……っ!!」
アスランとシンもやりきれない表情をしているが、ルナマリアにはそんな言葉で片付けられるはずがない。
 堕ちていくメサイアを確かに見た。
 シンと二人で、ようやく終わったのだと安堵しあった。が、まさかあの炎上していた城に一番死なせたくなかった人がいたなんて……。
「お姉ちゃん……」
意識もしていないのに涙が出る。
 ルナマリアの様子に、告げるべきではなかったかとキラは気まずそうな顔をする。が、そんな顔をされても困る。
 彼は自ら、炎の中で果てることを選んだのだ。
 この戦いで死ぬつもりだったのかは分からない。それでも、キラの存在がレイに何かしらの影響を与えたのだ。
 彼女の胸にやり場のない怒りにも似た感情が募る。場違いだと分かっていても、矛先がキラに向きそうだ。
 そうではないという事を、ルナマリアは必死に自分に言い聞かせる。
 自らの肩を抱いて、レイの死を否定するように首を横に振る。
「レイが…レイが死ぬなんて……っ…そんなの――――っ!!」
言葉はそこで途切れた。
 アーモリーワンの強奪犯を追っている時に仲間が死んでも、誰の前でも泣かなかった彼女が見せた、軍人ではない、一人の男を愛している女として泣きだした。
 誰もが自分に注目している。それでも、ルナマリアはメイリンに向き直って、縋りつくように抱きついて泣いた。
 それこそ、泣き疲れて涙が出なくなるほどまで……――――


   *   *   *

 とりあえず、一年と半年も帰ってこなかった部屋の空気を入れ替えると、ルナマリアは訪ねてきた目的をこなし始める。
 手に持ったシンプルなデザインの服を強く握り締めると、何となく居た堪れなくなって瞳を伏せた。
「ねぇ、レイ。」
ベランダに凭れかかり、青い空をふと見上げる。
「議長や艦長と一緒にいる時、私のこと、ちょっとでも考えてくれた?」
あまりに青い空に微笑んでみるが、それでも何処か表情には影がある。
 部屋に戻り、ふと目についた机上の写真立てを小突いてみる。
 アカデミーの卒業式で撮った一枚。
 カタンとやや揺れるだけで、それは揺るがない。まるで持ち主の性格そのままのように、柔和な態度でも頑なな意志があるようだった。相変わらずの硬い表情に、ふと笑いが零れてしまった。
「そう言えば、レイが思いっきり笑ったのとか、見たことなかったかも。」
あのクールな貴公子が大口開けて笑うさまを想像し、何故か怖気がする。我ながらバカな思いつきが過ぎったものだと、思いは一瞬で消えて苦笑が浮かぶ。

―――― ピピピ…ピピピ……

 唐突なアラーム音。
 ルナマリアがそちらに顔を向ける。と、PCがメールを受信したのだ。
 彼女はしばし悩む。
 主がいないのにいきなり来たメール。内容が気にならないはずがない。
 プライバシー云々の問題が頭を掠めるが、部屋の主はもういないのだと半ば自分を納得させ、それを開いてみた。否、何を今更送りつけてきたのだという気持ちの方が強かった。
 彼を生きているように扱われると、もうこの世界の何処を捜してもいないのだと、反発してしまう。
「これ、日記?」
なぜ今頃になって届いたのだろうと首を傾げるが、それでも保安部に取り上げられていないものだと分かる。
 ルナマリアは、何か思い出が残っている画像があればと思って持ってきたメモリーに、その日記を保存した。
 件名の日付は、あのメサイアが堕ちた日の前日。本当に、今更届いたのは奇跡に近かった。
『議長が以前から目指していたデスティニープランが発表されて、皆は一様に混乱している様子だ。が、きっと議長の言葉が正しいとじきに理解できるだろう。
その為にも、新しい世界にとって障害になるものは倒さなければならない。自分はZAFTに所属している。議長の望みを叶える為に、自分達がいるのだ。この命が尽きるまで、あとどれくらいの時間が残されているのか分からない。
シンには、クローンである事を話した。今ひとつ理解できないといった風な顔をしていたが、それがシンらしいと言えばシンらしい。
もう一人の自分は、世界が滅ぶことを願った。が、俺はそれを望まない。この世界には、守るべき人や世界がある。それは、広い意味である必要はない。
自分が願うのは、彼女の幸せだけだ。』
「レイ……」
初めて知る事実に驚きもするが、一度読み進めると目が止まることはなかった。
『ルナマリアが幸せを感じてくれていれば、それでいい。
俺は必ず彼女よりも先に死んでしまうだろう。そんな自分が彼女の為に出来る事はきっと、これからルナマリアが生きていく未来を作る事くらい。それが、ラウル・クルーゼという人間ではなく、レイ・ザ・バレルの名前を与えられた自分が出来る事。
議長の言葉の先に、彼女が笑顔で生きる事が出来る未来があると信じている。』
不器用な言葉がそこには並べられていた。
「レイ……っ!!」
名前を呼んでも、当然返ってくるがない声。
 現実を拒否したい。
 受け入れがたい。
 負の感情にも近い悲しみが、自分の胸をじわじわと侵食していく。
 助けを乞うように名前を呼んだとしても、彼はもう記憶媒体の中にしかいない。
『近くにある決戦に勝つことが出来れば、自分がどうなるか分からない。
それでもルナマリアがいればきっと、何かしらの光を見出す事は出来るだろう。
自分は確かにそう感じている。
自分の命がどうなるのかは分からない。
それでも、自分の命が彼女の未来の一部になるのなら、彼女の光の一部になるのなら』
「――――っ!!」
 力が抜ける。
 立っていられない。
 どうすれば良いのか分からない。
 とめどなく零れる涙を、泣きじゃくる子供のように指や掌で拭う。
 それでも、悲しみは胸を溢れてくる。もう泣かないようにと決めたのに。
「レイ、どうして……!!」
『彼女に、光あれ――――』
床に突っ伏して泣き崩れるルナマリアを慰めるように、窓から差し込む光の筋が彼女の体を包んでいた。



END