Heaven's Place


 淡い月光が、ベッドの上に降り注ぐ。
 月はもう既に沈みかけ、闇が広がる空は微かに朝が来る気配を持ったまま、それでもまだ夜の気配を、疲れを癒す人々の為に残している。
 滑らかな絹の海に横たわり、身を寄せ合う影が二つ・・・。
 薄布を布団代わりに被り、残りの温もりは互いの肌に求めるように寄り添っている。
「・・・よく寝る奴だな・・・。」
呟いて、アスランは隣に眠る愛しい恋人の髪に指を通した。
 漆黒の滑らかな髪は指の間をすり抜け、洗髪料の爽やかな香りを仄かに匂わせてふわりと戻る。ゆるく閉じられた瞼。その表情は気だるさが漂いながらも、どこか満足そうだった。
 アスランはその頬に軽く唇を落とす。
「んっ・・・・・・」
シンが短いうめきを漏らして、体を少し竦ませる。そして少し子供のようにアスランの腕の中で距離を詰め寄ってきた。
 アスランはそんなシンの肩を抱き寄せ、またその寝顔を満足そうに眺める。
 ただ寝顔を眺めるだけの時間が、とりわけ愛しい。
 寝顔の横にふいに添えられている手を重ねると、その手が無意識に握り返される。そんな何気ない仕草が、また恋人の存在を愛しいものだと噛み締めさせるものになって……。

 いつもなら焦らせるようで気になる時計の秒針。

 が、今は隣にシンがいる。それだけで時間がゆっくり流れているように感じる。
「……ぁ…ステラ、マユ…。嫌だ………」
「シン……?」
ふと名前を零されて、握り返す手が強くなる。アスランも強く握り返し、シンの体をいっそう抱き締めて体を胸に埋めさせた。
 前までは、シンの口から二人の名前が出される度に心中が穏やかではなかったが、それはもう落ち着いた。
 今でも時々、より戻しにまだ悩むようでこうして涙を流す。
「シン、大丈夫だ。俺が傍にいる。今のお前には俺がいる。」
優しく額に唇を落とすと、ふとゆっくりと目を開けたシンと視線がぶつかった。
「アスランさん………」
「まだ夜明け前だから寝てても良いぞ。疲れただろ?」
シンは返答に困るように俯いて黙ってしまう。
 疲れていないとは言えないが、疲れているとまでは言えない妙な疲労感。お互いに存在を二度求め合ってから眠ったのだから、やっぱり疲れているのかもしれない。
 アスランは零れずに瞳に溜まっていたシンの涙を指で拭った。
「怖かったか?」
言われてシンは、こくりと頷く。
「二人が死ぬ夢を見たんです……。何回も見て、もう過去の事なのに未だに慣れなくて……。」
「そのことに慣れる必要は無い。辛い時は必ず傍にいる。そう、いつも言っているだろ?」
頭を撫で、繋いでいない方の手の甲に愛しさを込めて軽くキスをすると、シンは照れたように淡く頬を染め、嬉しそうな表情でアスランを見つめる。
「ありがとう…ございます……」
照れによって声が本当に微かだ。
「…だから、アスランさんが好きです……。」
が、それでもこんなに近くにいるアスランには十分だった。
 自分の気持ちに気付き始めた頃は、戻らない過去にしがみついているようで、無力な自分が歯痒かった。が、今は違う。
 シンにとって二人は、生涯忘れる事の出来ない特別な人間。
 比べようの無いものに嫉妬しても仕方が無い。シンはちゃんと、いつでも自分を選んでくれる。それが分かっているからこそ、忘れるなという言葉を口にする。
 自分とて、彼の気持ちが分からない訳でもない。
 静寂が支配する部屋。
 二人の吐息がすぐ聞こえる距離で、シンがふと気付いた。
「アスランさん、ずっと起きてたんですか?」
「ん?あぁ・・・。何故か眠れなくてな。シンの顔、ずっと見てた・・・。」
堪らずシンが赤面する。それが少し可笑しくて、アスランはククッと含み笑った。
 少し馬鹿にされたような印象を受けたのか、シンがムッとやや眉を吊り上げる。そんな仕草もアスランにとっては可愛いものだ。
「シンの寝顔が本当に綺麗だったから、ずっと見たかっただけだ。で、眺めてたらこんな時間だったんだよ。」
「…本当ですか?」
「シンに嘘なんてついてどうするんだ。」
溜め息交じりにアスランが漏らすと、シンの表情が柔らかい微笑みに変わる。
「知ってますよ。アンタが嘘を吐けない体質だって。」
アスランは思わず苦笑してしまった。
 どちらとも無く、唇を重ねる。精一杯の愛しさを込めて……。
 シンは手で口を覆い、小さく欠伸をした。
「アスランさん、もう少し寝てもいいですか?」
「あぁ。ちゃんと起こしてやる。」
「ん……。」
短く返事をすると、シンはアスランの胸に顔を埋める。鼓動が聞こえそうなほどの距離は、ひどく安心する。
「…手、握っててくれて有難うございます……。」
「あぁ。」
短く返事をすると、シンは目を閉じた。
 アスランは軽く額に口付けると、シンの体を更に抱き寄せる。
 耳元に微かな吐息が聞こえる距離は、アスランに安心感を与える。
「俺は、シンが腕の中にいてくれれば十分だ……。」
 何をするでもなく寄り添っている時間が愛しくてたまらない。
 どんなに怖い夢を見てもシンが自分を求めてくれている限り、この手を躊躇わずに握り返せる。
 目を覚まして、その瞳に一番に映る存在は自分であってほしい。
 何度朝と夜を迎えても、アスランはシンの寝顔を見る度に、そう思うのであった……。





END